経済学入門(3) 応用例: TPPについて

比較優位の考え方を用いれば,現代社会におけるあなたの生活がロビンソー・クルーソーの無人島における生活よりも物質的に豊かである理由を説明することができます。現代社会では,人々は自分が比較優位を持つ仕事に就いており,それにより交易の利益が生まれます。それに対して,無人島でロビンソー・クルーソーとはだれとも交易を行うことができません。この違いが現代社会と無人島の生活水準の差を生み出しているのです。

さて,これまでに習得した知識や考え方を用いれば,わたしたちは現在論争となっているTPPについて経済学の立場からどのようなメリットとデメリットがあるのかを考えることができます。TPPというのは,Trans-Pacific Economic Partnership の略で,日本語では環太平洋経済連携協定といわれています。

TPPは,参加国の間では自由に貿易を行うことができるようにしようという協定です。現在,輸入や輸出には関税という税金がかけられています。たとえば,国産の米が1キロ1000円,同じ品質の外国産の米は一キロ500円だとしましょう。しかし,1キロの米の輸入に対して関税が800円かかるとすれば,外国産の米は1300円支払わなければ購入することができません。関税が無ければ安い外国産の米が輸入されるはずですが,関税を含めると外国産の米は国産の米に比べて高くなるので,輸入が行われません。関税によって輸入が妨げられているのです。このように関税によって輸入を妨げることの最大の目的は,国内で米を生産している農家を保護することです。

自由貿易の妨げとなっているのは関税だけではありません。日本がアメリカから批判されていることの一つに,軽自動車に対する優遇措置があります。軽自動車(排気量が660cc以下の自動車)は普通自動車に比べて税金などが割安です。そのため,日本では普通自動車と同様に軽自動車がよく売れ,日本の自動車会社は軽自動車をたくさん生産しています。しかし,アメリカの自動車会社は軽自動車を生産していません。軽自動車が優遇されているのは日本だけのことで,アメリカ国内でもほかの国でも軽自動車は売れないからです。すると,軽自動車に対する優遇措置というのは,実質的にアメリカからの自動車輸入を妨げ,軽自動車を生産している日本の自動車会社を保護していることになります。このように,関税以外の貿易の障壁を非関税障壁といいます。

経済の発展途上では,関税や非関税障壁により自国の産業を保護して発展させるということも必要です。しかし,自由に貿易が行われるようになれば,各国が比較優位を持つ産業に特化し,参加国のすべてが交易の利益を得るということが期待できます。また,貿易の障壁が撤廃がされると,国際的な競争にさらされることにより,自国の産業には新しい技術を開発したりより効率的な生産のための努力をしたりするインセンティブが生まれます。貿易の障壁となっているような制度を廃止し,自由に貿易を行うことを可能にしようというのがTPPです。自由貿易によりすべての国がより豊かになることが可能だということは,おおよそ経済学者の間では共通する見解です。その点だけを見ると日本はTPPに参加すべきだということになります。しかし,実際には根強い反対意見があるのも事実です。

それでは,いったい誰がどのような理由でTPPに反対しているのでしょうか。日本はよく知られているように自動車や電化製品に比較優位を持っています。トヨタのプリウスはアメリカでも非常によく売れていますし,任天堂のDSやソニーのPlayStationといった家庭用ゲーム機は世界的にもメジャーです。一方で,日本は農業には比較優位がありません。アメリカやブラジルといった国土の広い国では,東京都の面積の何倍といった非常に大規模な土地で,機械化により効率的な農業が行われています。それに対して,日本にはそれほど広い農地がない上に農地所有が多くの農家に分散しており,農家一軒当たりの土地が小さいのが現状です。土地が狭いと機械化によるメリットも小さいため,生産効率の改善が難しいのです。以上のことから,TPPに参加することで日本は自動車や電化製品に特化することになり,比較優位を持たない日本の農業の規模は大きく縮小することが予想されます。結果として農家が職を失ってしまうということになるのです。農家や農業団体がTPPに反対しているのはそのためです。

一部の農家の人たちがTPPによってデメリットを受けることは事実ですが,国全体としては交易の利益によりこれまでよりも豊かになると推計されています。つまり,農業が縮小するというデメリットよりも交易の利益というメリットの方が大きいのです。したがって,TPPに参加することで生まれた交易の利益で,TPPでデメリットを受ける人たちの損失を補填することができれば,すべての人がTPPにより恩恵を受けることができるようになります。もちろんそのような調整が簡単にできるわけではないため,慎重に議論が進められているのです。

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