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投資の内部収益率

次の二つのうち,どちらの投資の方が収益性が高いでしょうか?

  • 現在1000万円を投じれば,翌年から10年間にわたって毎年160万円を受け取ることができる
  • 現在1000万円を投じれば,翌年から30年間にわたって毎年80万円を受け取ることができる

この二つの投資は,費用が同じですが収益のパターンが異なり,単純にどちらが良いかを比較することはできません。そこで,投資から得られる収益を計測するための指標としてよく用いられるのが内部収益率という概念です。内部収益率を用いれば,異なるパターンをもつ投資の収益を比較することができます。

内部収益率のことを説明するために,まず割引現在価値という概念を定義しましょう。割引現在価値とは,将来の費用や便益を割り引いて現在の価値に換算したものです。また,一年後のことを現在と比較してどれだけ割り引いて考えるかという比率のことを割引率といいます。たとえば,割引率が5%であれば,一年後の1万円の割引現在価値は,\( \frac{10,000}{1+0.05}=9,524\)円ということになります。同様に,二年後の1万円の割引現在価値は,\( \frac{10,000}{(1+0.05)^2}=9,070\)円です。

より一般的に,\(n\)年後の\(A\)円の割引現在価値\(PV\)は,
\(PV=\frac{1}{(1+r)^n}A\)
となります。

割引率が5%であれば,上の二つの投資から得られる収益の割引現在価値は,

  • \(PV=\sum_{i=1}^{10} \frac{160}{(1+0.05)^i}=1,235\)
  • \(PV=\sum_{i=1}^{30} \frac{80}{(1+0.05)^i}=1,230\)

となるので,10年間にわたって160万円を受け取る方が良い投資だということになります。

投資の内部収益率というのは,投資の費用と便益の割引現在価値が等しくなるような割引率のことです。この例では,どちらの投資の費用も現在支払う1000万円だけですから,割り引いて考える必要がありません。したがって,その後受け取る金額の割引現在価値がちょうど1000万円になるような割引率が投資の内部収益率ということになります。すなわち,

  • \(1,000=\sum_{i=1}^{10} \frac{160}{(1+r_1)^i}\)
  • \(1,000=\sum_{i=1}^{30} \frac{80}{(1+r_2)^i}\)

を満たすような\(r_1,r_2\)がそれぞれの投資の内部収益率です。

実際に上の式を満たすような\(r_1,r_2\)を求める計算式はありませんが,ExcelのIRR関数を用いれば簡単に計算することができます。この場合,\(r_1\)は約0.10(10%),\(r_2\)は約0.07(7%)です。

 

教育投資の費用と便益

投資というのは,費用を負担することにより,後になんらかの便益を得られるということです。教育投資の場合は,教育にかかる費用を負担することで,将来の高い所得という便益を得ることができます。

大学進学を投資と考えれば,その費用は学費や教科書代,定期代などの金銭的費用(直接費用)と,かりに大学に進学せずに働いていれば得られていたであろう所得(間接費用)の合計ということになります。とりわけ後者は機会費用ともいわれ,進学に関する意思決定において重要です。実際に,大学の4年間の学費は国立大学で250万円,私立文系で400万円,私立理系で500万円ほどですが,19歳から22歳までの高卒労働者の平均年収は約250万円なので,大学在学中の4年間で間接費用は1000万円となり,直接費用を大きく上回ることになります。

一方,大学進学の便益は,卒業後から引退するまでに得られる高卒労働者との賃金の差額ということになります。大卒労働者の平均賃金は,卒業後すぐの22歳や23歳のときには同年齢の高卒労働者よりも低いでしが,すぐに逆転し生涯所得では高卒労働者を大きく上回ります。しかし,ここで考慮しなければならないのは,このような便益を得られるのは現在のことではなく将来のことであるということです。

人は現在のことと将来のこととを比べるとき,より現在のことを重視します。このことを,将来のことを割り引くといいます。たとえば,現在もらえる1万円と,1年後にもらえる1万円の価値は同じではありません。かりに現在1万円をもらって銀行に預けておくと,1年後には利息を受け取ることができます。その利息が5%であるとすれば,1年後に1万500円をもらうということの価値は,現在1万円をもらうということの価値と等しくなります。このように,将来のことを現在の価値に置き換えたものを割引現在価値といいます。

大学進学が,十分な収益の見込まれる投資であるかどうかを判断するためには,現在支払う費用と将来得られる便益とを比較する必要があります。将来のことは割り引いて考えなければなりませんから,単に生涯所得を比較することはあまり意味がありません。そこで,将来の便益を割引現在価値に換算して現在支払う費用と比較するわけです。

現在のことと比べて将来のことをどれだけ割り引いて考えるかという比率のことを割引率といいます。当然ですが,割引率は人によって違います。より将来のことを重視する人は割引率が低く,より現在志向が強い人は割引率が高いということです。割引率の低い人ほど大学進学の便益の割引現在価値は大きくなるため,より大学に進学することを選択しやすいということになります。

大学教育の収益率は高いのか,低いのか?

教育投資は,個人にとっても社会にとっても重要な投資です。学校教育によって知識や技術を身につければ労働者の生産性が上昇し,高い賃金を獲得することができるようになります。また,労働者の生産性が上昇すれば国の経済も発展します。その一方で,教育投資は費用をともないます。とくに大学は授業料も高額ですし,大学に通う人はすでに働くことができる年齢ですから,大学に通っている間は放棄しなければならない収入(経済学の用語では機会費用といいます)も大きくなります。

「便益もあるけど費用もかかる」というのは,どのような投資でも同じです。教育投資だけではなく,さまざまな投資機会のなかからもっとも高い収益をもたらすものを見極めて,そこに資源を投入しなければなりません。現在日本の大学進学率は60%近くまで上昇しており,全国にはおよそ800校の大学があります。大学には多額の公金が投じられているため,その費用に見合った便益を得られているのかどうかということは,非常に重要な問題です。

一部では,大学の数が増えすぎたため,大学で勉強するのに十分な学力を備えていない人が入学して公金が無駄になっているとか,大学教育の質が低下しているといった主張も聞かれるようになってきました。実際,大学を卒業しても必ず良い仕事に就けるとは限らず,在学中に借りた奨学金を返せない人たちが一定数いるということは,大学教育から十分な収益が得られない場合があることを示唆しているといえるでしょう。

一方で,ほかの先進国と比較して日本の大学進学率はむしろ低い方であり,GDPに占める教育支出の割合も最低レベルです。したがって,もし日本において大学や大学生の数が多すぎるというのであれば,ほかの先進国も軒並み大学に対する投資が過剰であるか,日本ではほかの先進国に比べて必要とされている教育水準が低いかのどちらかということになりますが,どちらも正しいとは思えません。

私はこれまで学校教育の収益率の計測について研究してきましたが,多くのことがわかっているようでコンセンサスは得られていないというのが正直な印象です。とくに,個人の視点から見た教育の収益率を計測する研究は多く蓄積されているのに対して,教育が社会全体にもたらす収益を計測することは非常に難しく,これだけ投資すればこれだけの便益を得られるという明確な数字を示すことは不可能です。

ここでは,不定期ですが,データを見ながらできるだけ客観的に日本の大学教育の現状を考えていきたいと思います。