作成者別アーカイブ: Tomokazu NOMURA

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

最近は,経済学,医療,教育といった分野の実証研究では,政策効果を正しく推定することが重要視が置かれています。そのために必要な考え方が因果推論です。

データから二つの事象に相関関係が見られたとしても,必ずしもそれが因果関係を表しているとは限りません。たとえば,大卒労働者の賃金は高卒労働者の賃金よりも高いということはデータから観察される事実です。しかし,だれでも大学に行けば賃金が上昇するかどうかは必ずしも明らかではありません。もともと能力の高い人がより大学進学というキャリアを選択する傾向にあると考えられるからです。もしそうであれば,大学に行ったかどうかは関係なく,賃金はもともとの能力によって決まっていることになります。大学に行くことによって賃金が上がる(因果関係)のか,もともと能力の高い人が大学に進学する(相関関係)だけなのか,どちらが正しいのかを知ることは個人の教育に関する意思決定にも教育政策の策定にも重要です。

因果推論はデータから観察された相関関係が因果関係を表しているかどうかを検証する方法です。この本は,因果推論のアイデアを非常にわかりやすく説明しています。もちろん,数式やら難しい専門用語やらは何も出てきません。その上で,実際に本の中で紹介された因果推論の方法を用いた経済学分野の研究事例が数多く紹介されています。

分量としてはやや軽めで,数時間もあれば目を通すことが可能です。その分,この本を読んだからといってすぐに実証研究を自分で始められるというものではありませんが,すべての経済学部生にまず読んでもらいたい一冊です。

投資の内部収益率

次の二つのうち,どちらの投資の方が収益性が高いでしょうか?

  • 現在1000万円を投じれば,翌年から10年間にわたって毎年160万円を受け取ることができる
  • 現在1000万円を投じれば,翌年から30年間にわたって毎年80万円を受け取ることができる

この二つの投資は,費用が同じですが収益のパターンが異なり,単純にどちらが良いかを比較することはできません。そこで,投資から得られる収益を計測するための指標としてよく用いられるのが内部収益率という概念です。内部収益率を用いれば,異なるパターンをもつ投資の収益を比較することができます。

内部収益率のことを説明するために,まず割引現在価値という概念を定義しましょう。割引現在価値とは,将来の費用や便益を割り引いて現在の価値に換算したものです。また,一年後のことを現在と比較してどれだけ割り引いて考えるかという比率のことを割引率といいます。たとえば,割引率が5%であれば,一年後の1万円の割引現在価値は,\( \frac{10,000}{1+0.05}=9,524\)円ということになります。同様に,二年後の1万円の割引現在価値は,\( \frac{10,000}{(1+0.05)^2}=9,070\)円です。

より一般的に,\(n\)年後の\(A\)円の割引現在価値\(PV\)は,
\(PV=\frac{1}{(1+r)^n}A\)
となります。

割引率が5%であれば,上の二つの投資から得られる収益の割引現在価値は,

  • \(PV=\sum_{i=1}^{10} \frac{160}{(1+0.05)^i}=1,235\)
  • \(PV=\sum_{i=1}^{30} \frac{80}{(1+0.05)^i}=1,230\)

となるので,10年間にわたって160万円を受け取る方が良い投資だということになります。

投資の内部収益率というのは,投資の費用と便益の割引現在価値が等しくなるような割引率のことです。この例では,どちらの投資の費用も現在支払う1000万円だけですから,割り引いて考える必要がありません。したがって,その後受け取る金額の割引現在価値がちょうど1000万円になるような割引率が投資の内部収益率ということになります。すなわち,

  • \(1,000=\sum_{i=1}^{10} \frac{160}{(1+r_1)^i}\)
  • \(1,000=\sum_{i=1}^{30} \frac{80}{(1+r_2)^i}\)

を満たすような\(r_1,r_2\)がそれぞれの投資の内部収益率です。

実際に上の式を満たすような\(r_1,r_2\)を求める計算式はありませんが,ExcelのIRR関数を用いれば簡単に計算することができます。この場合,\(r_1\)は約0.10(10%),\(r_2\)は約0.07(7%)です。

 

教育投資の費用と便益

投資というのは,費用を負担することにより,後になんらかの便益を得られるということです。教育投資の場合は,教育にかかる費用を負担することで,将来の高い所得という便益を得ることができます。

大学進学を投資と考えれば,その費用は学費や教科書代,定期代などの金銭的費用(直接費用)と,かりに大学に進学せずに働いていれば得られていたであろう所得(間接費用)の合計ということになります。とりわけ後者は機会費用ともいわれ,進学に関する意思決定において重要です。実際に,大学の4年間の学費は国立大学で250万円,私立文系で400万円,私立理系で500万円ほどですが,19歳から22歳までの高卒労働者の平均年収は約250万円なので,大学在学中の4年間で間接費用は1000万円となり,直接費用を大きく上回ることになります。

一方,大学進学の便益は,卒業後から引退するまでに得られる高卒労働者との賃金の差額ということになります。大卒労働者の平均賃金は,卒業後すぐの22歳や23歳のときには同年齢の高卒労働者よりも低いでしが,すぐに逆転し生涯所得では高卒労働者を大きく上回ります。しかし,ここで考慮しなければならないのは,このような便益を得られるのは現在のことではなく将来のことであるということです。

人は現在のことと将来のこととを比べるとき,より現在のことを重視します。このことを,将来のことを割り引くといいます。たとえば,現在もらえる1万円と,1年後にもらえる1万円の価値は同じではありません。かりに現在1万円をもらって銀行に預けておくと,1年後には利息を受け取ることができます。その利息が5%であるとすれば,1年後に1万500円をもらうということの価値は,現在1万円をもらうということの価値と等しくなります。このように,将来のことを現在の価値に置き換えたものを割引現在価値といいます。

大学進学が,十分な収益の見込まれる投資であるかどうかを判断するためには,現在支払う費用と将来得られる便益とを比較する必要があります。将来のことは割り引いて考えなければなりませんから,単に生涯所得を比較することはあまり意味がありません。そこで,将来の便益を割引現在価値に換算して現在支払う費用と比較するわけです。

現在のことと比べて将来のことをどれだけ割り引いて考えるかという比率のことを割引率といいます。当然ですが,割引率は人によって違います。より将来のことを重視する人は割引率が低く,より現在志向が強い人は割引率が高いということです。割引率の低い人ほど大学進学の便益の割引現在価値は大きくなるため,より大学に進学することを選択しやすいということになります。